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東京地方裁判所 平成元年(ワ)11477号 判決 1993年12月21日

原告

鴨下正

被告

本田孝二

ほか一名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告らは、各自、原告に対し、金三六八万二〇三二円及び内金三〇八万二〇三二円に対する平成元年一〇月八日(各本訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用の被告らの負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

本件は、車両同士の玉突き追突事故で受傷した被害車両の運転者である原告が、加害車両の運転者である被告本田康夫に対し民法七〇九条に基づき、同車の運行供用者である被告本田孝二に対し自賠法三条に基づき、それぞれその蒙つたとする人身損害についての賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  本件事故の発生

(一) 事故の日時 昭和六〇年一月二〇日午後二時三〇分ころ

場所 神奈川県横須賀市林一丁目二一番六号先道路上

(二) 加害者及び加害車両 被告本田康夫

普通乗用自動車(横浜五九つ九六七〇)

(三) 被害者及び被害車両 原告(昭和四一年五月一九日生・事故当時一八歳)

普通乗用自動車(足立五七や九)

(四) 事故の態様 被害車両が交差点手前で信号待ちのため停車していたところ、後方から走行してきた加害車両が、まず停車していた高橋裕二運転の普通乗用自動車に追突し、その衝撃で高橋車両が押し出され、その前方に停車していた原告運転の被害車両に玉突き追突したもの。

2  責任原因

(一) 被告本田孝二につき、加害車両の所有者であり運行供用者としての自倍法三条に基づく損害賠償責任

(二) 被告本田康夫につき、前方不注視及び車間距離不保持の過失による民法七〇九条に基づく損害賠償責任

3  損害の填補 (原告が自認する額として総額金七三四万五〇〇〇円)

(一) 自賠責保険からの支払 金二〇九万〇〇〇〇円

(二) 被告本田孝二からの賠償 金五二五万五〇〇〇円

(但し、被告は、(一)の自賠責保険からの支払いは右の後遺障害分のほか傷害分として金一〇七万九八六二円があり、また、(二)の被告本田孝二からの弁済額は金七七三万〇一〇〇円であつて、以上の既払金の合計額は、原告の自認額を超える金一〇八九万九九六二円である旨主張する。)

二  本件の争点

1  原告が本件で受傷したとする傷害の部位・程度等(後遺障害の有無を含む)

2  右受傷に伴う損害額

3  既払金額及び損害の全部填補の有無

4  損害賠償請求権の時効消滅

第三争点に対する判断

一  原告が本件で受傷したとする傷害の部位・程度等

1  原告は、「本件事故により、原告は、左右第二・第三・第四肋骨骨折、第六頚椎前上角部剥離骨折、頚椎捻挫、左前腕循環障害、左肩部打撲、頭頚部損傷による眼症状の傷害を受け、自賠法施行令二条別表の後遺傷害等級一二級一二号該当(局部に頑固な神経症状を残すもの)の後遺障害が生じた」旨主張し、他方、被告は、「原告には本件事故によつてはいかなる傷害も生じてはいない。また、傷害が生じたとしても、頚部挫傷のみであり、その治療に必要な期間は三ないし五週間で足りるものである」旨主張する(但し、原告が自賠責保険の手続きにおいて一二級一二号の後遺障害の認定を受けたこと自体は認める)。

2  よつて判断するに、まず、本件事故の態様及び事故後の原告の加療状況については、関係各証拠(甲1号証、2号証の1ないし11、3号証の1ないし5、4号証の1・2、乙1号証ないし3号証、9号証の1・2、10号証の1・2、12号証ないし16号証、18号証ないし40号証、42号証ないし49号証、証人高橋裕二・同工藤珠美の各証言及び原告・被告本田康夫の各本人尋問の結果)によれば、以下の各事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 本件事故の態様等について

(1) 被告本田康夫は、普通乗用自動車を運転して時速四〇キロメートル前後の速度で走行中、脇見をしたため、前方の現場交差点で赤信号に従つて停車中の高橋裕二運転の車両(トヨタ・セリカ)の発見が遅れ、助手席の友人の声により、四、五メートル手前で初めて同車を発見して急ブレーキをかけたが及ばず、ブレーキが効くのとほぼ同時くらいに高橋車両に追突し、高橋車両は一メートル以上前方に停止していた原告車両に更に衝突したこと。

なお、原告は、運転席に座つていて、加害車両が高橋車両に衝突した際の衝突音を聞き左後方に振り向いた際に、高橋車両からの追突を受けたこと。

但し、高橋は、原告車両に追突する際には、特に体に感じるほどの衝撃は受けていないこと。

(2) 右玉突き追突事故により、加害車両は、前部バンパーとラジエターが破損したこと。

また、高橋車両は、テールランプが破損し後部バンパー及び前部バンパーとグリル等が部分的に損傷したにとどまり、その修理代金額もおよそ一〇万円程度であつて、運転者の高橋は、翌日頚部や肩付近の痛みを覚えたが一日で治り医師の診察治療も受けず休業もしていない(同車の同乗者の佐藤もほぼ同様の状況であつた)こと。

そして、原告車両(トヨタ・カムリ)もテールランプ・後部バンパー及びマフラーが部分的に損傷を受け後部サイドフレームも鈑金修理を要したが、その被害額は部品代と工賃を含めて総額八万〇〇三〇円にとどまり、原告自身も、事故後、自車同乗者工藤珠美に対して「腕が痺れる」と言つた以外には、事故現場において、被告本田康夫や臨場警察官に対してもこれらの痛みを具体的には訴えなかつたばかりか、そのまま被害車両を運転して帰宅していること。

なお、原告車両の同乗者工藤珠美も事故後「右手が上がらなかつた」などとするものの、医師の診察治療を全く受けていないこと。

(二) 原告の本件事故後の入通院経過と各病院における診断等について

(昭和・年・月・日を略記する)

(1) 60・1・20 本件事故発生。

(2) 1・21~1・26 水野病院で受診。「頚椎捻挫」の診断を受け通院。(実日数四日)

その間、原告は、頚部から左腕・左手にかけての疼痛・圧痛や痺れ、肩甲部の圧痛、頚椎運動時の疼痛、僧帽筋の圧痛などの自覚症状を訴えたが、他覚所見としては、腱反射正常、レントゲン検査異常なし、頚部の可動域良好、感覚正常、徒手筋力テスト正常となつており、頚部のカラー固定のほかホツトパツクや投薬の治療を受けている。

(3) 1・28~3・16 同病院に入院。(四八日間)

2・1に牽引を開始し、これにより2・4には症状が相当改善したとされている。

なお、2・12には甲状腺腫が確認された。

(4) 60・3・2~8・6 神前(こうざき)医院(眼科)に通院。(実日数六日)

眼精疲労等の自覚症状を訴える。

他覚的所見に乏しいが、「頭頚部損傷による眼症状」とされ、60・8・6には治癒見込みと診断。

(5) 60・3・18~61・12・3 水野病院に通院。(実日数一八七日)

「頚椎捻挫」のほか、「左肩甲部打撲」「左右第二・第三・第四肋骨骨折」「左前腕循環障害」の傷病名が併記されるに至り、また、左手の痺れ・震え、頚部運動痛、頭痛の後遺障害が存するとしつつ、60・7・31治癒と診断(但し、60・7・25付の診断であることから、その時点における治癒見込みとの診断と解釈される)。

61・7・2のCT検査では、頚部の棘・軟部組織に異常はないとされる。

61・12・22付診断では、「患者は就業意識に乏しい」旨指摘されている。

(6) 60・3・23 甲状腺腫により東京女子医科大学病院で受診。

レントゲン検査で、脊柱側弯症・頚部軟組織の突起のほか、左右の第二・第三・第四肋骨に治癒過程の骨折があるとされた。

(7) 5・15~7・23 同病院に通院。(実日数七日)

頭痛・頚部痛・左上肢の痺れ感を訴え、頭頚部外傷(外傷性頚部症侯群)と診断。

神経学的には他覚的所見がない(レントゲン検査や脳波検査に異常がなく、頚椎や肩などに特別の異常所見なし、可動域や感覚に異常なし、握力正常、深部腱反射正常、整形異常なし)とされている。

なお、その間の5・30~6・10、甲状腺腫の手術のため同病院に入院。

(8) 61・7・9~7・23 東京女子医科大学病院に通院。

物事に集中できないとか両手の震え、左上肢の知覚異常、頭痛を訴える。

(9) 61・12・2~62・2・5 東京警察病院で受診。通院(実日数八日)

頚部痛・左肩痛・頚部運動制限・左上肢の痺れ・左手指の震え・頭位保持不能・前屈位持続不能などの症状があるとされたが、レントゲン検査によつて第六頚椎前上角部に小骨片が認められ、傷病名は「頚椎捻挫」のほか「第六頚椎剥離骨折」とされ、右の症状はこの剥離骨折によるものと診断。

62・2・2 同病院において、症状固定の診断。

3  以上の事実関係や医療記録等の検討を踏まえ、医師大谷清は、以下の内容の医学的所見を示している(同人の証言及び乙50号証の意見書)。

(一) レントゲン検査の結果からは、第二・第三・第四肋骨骨折は認められず(当該部位は非常に骨折しにくい部位であるうえ、仮に本件事故によりこの骨折が生じたとすると、呼吸により骨折部位が動くことから、受傷直後から強度の痛みや呼吸困難を訴えるはずであるにもかかわらず、医療記録上原告がこれを訴えた形跡もない)、その他本件事故等によると想定される病的な所見は全くない。

(二) 医療記録上に剥離骨折とされている第六頸椎椎体上縁前方に存在する小骨片様の陰影は、剥離骨折ではなく、病的現象による骨化と思われるものであり、本件事故のような衝突によつては、このような部位にこのような剥離骨折が生じることはあり得ない。

(三) 左上肢の循環障害及び痺れ感については、他覚的所見がなく、頸椎の損傷等に起因するものとはいえない。

なお、事故後発見された甲状腺腫については、本件事故とは関係がないが、これによつて上肢の循環障害がもたらされた可能性はあるかもしれない。

(四) 原告の傷害は、「頸部挫傷」というべきごく軽微なものであり、その治療に必要とされる期間もせいぜい三ないし五週間で足り、後遺障害は考えられない。

4  以上の事実関係及びこれをもとにした医師の所見等に徴すると、原告は、本件事故の際、加害車両の高橋車両への衝突による衝撃音を聞いて振り向きざまに追突されるという不自然な姿勢で高橋車両からの衝突による衝撃を受けたもので、この点を考慮すると、原告が全く受傷していないとはいえないが、その衝突の衝撃は、被害車両と高橋車両の損傷程度などからしても比較的軽微なものというべきであるうえ、右二台の車両に乗車していた者については原告以外の者は全く傷害を受けていないとまではいえないものの医師の治療も必要がないほどの軽傷であつたこと、原告の入通院加療中に発見されたとされる他覚所見のうち、両側第二・第三・第四肋骨骨折はその骨折自体が否定され、また第六頸椎前方の小骨片様の陰影も剥離骨折ではないうえ本件事故によつて生じたものではないこと、その他原告の訴える自覚症状については神前医院における眼科の治療も含めて他覚的所見による裏付がなく、それにもかかわらず原告は事故後およそ二年もの長きにわたつて入通院していたというのであつて、以上の諸点からすると、原告の本件事故による受傷は、比較的軽傷の頸部挫傷というべきものでこれによる後遺障害もないもの、そして、その治療に必要な期間は、長くみてもおよそ半年、即ち、水野病院において治癒と診断された昭和六〇年七月三一日までであつたものと判断される。

したがつて、その後の原告に見られる症状の治療のための通院については、本件事故による受傷及びその治療に必要なものとはいえず、これに伴う原告の出捐・損害は、本件事故との間に相当因果関係がないものというべきである(なお、神前医院において頭頸部損傷による眼症状と診断された眼精疲労についても、本件事故及びこれによる受傷との間に相当因果関係を認めるに足りる証拠はない)。

二  損害額及び既払金による損害の填補

1  以上の受傷についての認定にしたがつて本件事故によつて原告が蒙つた損害額を算定すると、以下のとおりである。

(一) 治療費及び診断書料 金八四万六九二七円

(原告の主張 金一九万八〇四〇円)

甲3号証の1・3・4・5によれば、水野病院における昭和六〇年一月二一日から昭和六一年六月一六日までの入通院分については金七六万九三二〇円であり、東京女子医科大学病院における昭和六〇年五月一六日から昭和六一年七月九日までの通院分については金七万七六〇七円であることが認められるところ、前認定のとおり、このうち昭和六〇年七月三一日までの分が本件事故による受傷に基づく損害とされるべきであるが、右の証拠上はその期間の部分の金額が明確に分けて計上されていないため、便宜上、これらの全額金八四万六九二七円を損害額として計上することとした。

(二) 薬品代 認められない

(原告の主張 金一〇万六四〇五円)

その明細と金額及び治療への必要性・相当性などについての具体的証拠がない。

(三) 入院雑費 金四万八〇〇〇円

(原告の主張 金五万七六〇〇円)

原告の水野病院における入院期間は、前示のとおり、四八日間であるところ、原告は、その間、日額金一〇〇〇円の入院雑費を要したもの、そしてその総額は金四万八〇〇〇円と認められる。

(四) 医療器具代 認められない

(原告の主張 金一万六五〇〇円)

甲8号証のないし4及び弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和六〇年一〇月三日から昭和六二年三月三〇日にかけて、スポーツシヨツプや接骨院などからサポーターや足底補装具等を購入したことが認められるが、その購入時期はいずれも前認定の本件事故による受傷の加療相当期間外であるうえ、原告はこれらの購入時期には病院に通院して必要かつ十分な治療を受けていたのであるから、これらの出捐はいずれも本件事故及びこれによる受傷との間に相当因果関係を肯定することができない。

(五) 通院交通費 金九万八二九〇円

(原告の主張 金二七万四一二〇円)

甲12号証ないし16号証(枝番を含む)及び弁論の全趣旨(原告提出の平成二年三月五日付証拠説明書の記載等)によれば、前認定の加療相当期間である昭和六〇年七月三一日までの間の通院交通費(タクシー代)について、水野病院への分は、日によつて片道四七〇円から三三五〇円までと金額にかなりのばらつきがあることから、往復金一五〇〇円として二一日分の合計金三万一五〇〇円を認め、また、東京女子医科大学への分は、原告指摘の全額金六万六七九〇円を認める。

(六) 医師への謝礼 認められない

(原告の主張 金二万六五一〇円)

甲5号証の1ないし3及び弁論の全趣旨によつて、原告主張のとおりの金額の品物が医師に贈られたことは認められるが、そもそも、治療を受けた病院の医師等病院関係者にに対する謝礼は、義務的ないしこれと同視し得るような性質のものではなく、専ら医師らに対する感謝の念から任意の意思によつてなされたものであり、本件で原告がその主張のような出捐をしたとしても、これをもつて本件事故と相当因果関係のある損害とはいうことができない。

(七) 休業損害 金六七万五〇〇〇円

(原告の主張 金三四六万五〇〇〇円)

甲6号証の1・2、乙52号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時一八歳の学生であつたが、本件事故後の昭和六〇年四月一日に果物の輸入卸会社に就職する予定であり、就職すれば毎月月額一三万五〇〇〇円の給与収入と同年七月一二日には金一三万五〇〇〇円の賞与を得られるはずであつたものであるところ、本件事故により同社への就職ができず、これらの収入が得られなかつたことが認められる。

そこで、原告の休業期間を昭和六〇年四月一日から同年七月三一日までの四か月間として、その休業損害を算定すると、右の算式のとおり、金六七万五〇〇〇円となる。

135,000円×4か月+135,000円=675,000円

(八) 逸失利益 認められない

(原告の主張 金一一四万二八五七円)

前示のとおり、原告には、本件事故での受傷による後遺障害が認められないから、これに伴う逸失利益も生じ得ない。

(九) 慰藉料 金一〇〇万〇〇〇〇円

(原告の主張 入通院分につき金二二四万〇〇〇〇円

後遺障害分につき金二四〇万〇〇〇〇円)

前認定の原告の受傷内容と入通院経過等(後遺障害が否定されるのは前示のとおり)に鑑みて、これに相応する慰藉料額としては、金一〇〇万円が相当である。

2  以上によれば、原告の損害額は、合計金二六六万八二一七円となる。

しかるに、被告側からは、これまでに、原告に対し、原告が自認する額として総額金七三四万五〇〇〇円が、また、乙67号証・68号証によれば自賠責保険から右に含まれる分以外の分として金一〇七万九八六二円が支払われていることが認められ、その合計額だけでも金八四二万四八六二円となる。

したがつて、被告らが原告に対して賠償すべき本件事故による損害は、右の既払金により全て填補済みということになる。

よつて、その余の点について判断するまでもなく、本件の原告の被告らに対する請求は理由がないことに帰着する。

第四結論

以上の次第であるから、原告の被告らに対する本訴請求は、理由がないからこれをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 嶋原文雄)

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